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これからのグローバルエリートに必要な勉強とは?

これまでは、勉強方法や学習方法にフォーカスした記事を多く上げてきましたが、今回の新型コロナウイルスによって、人の動きが変わり、「価値の本質」を多くの人が見直すようになったのではないでしょうか?

教育について言えば、「学校の存在意義」や「部活の存在意義」などが挙げられます。では、今後、お子さんを育てていく上でどのようなことを学ばせれば良いのでしょうか?

今後大きく変わる「活躍する人材」とは?

これまでの日本が求めた教育

これまで、工業化社会において、「間違えない正解を出せる人材」が必要とされてきました。もう少し説明して行きましょう。工業化社会とは、「一つの製品を同じクオリティで生産できることが良し」とされる社会です。

そのため、明治時代以降の日本は、人材教育においても「均一化された人材」を教育し、作り上げてきました。その一つの例が、「方言の統一化」です。日本各地には、数多くの方言や訛りがあるとされ、青森県の人と鹿児島県の人が初対面で話をした場合、全く会話ができなかったくらい、コミュニケーションが取れなかったようです。

そこで、明治政府は、1872年に学制を発布し、教育に力を入れ、特に言葉の標準化に重きを置きました。こうすることによって、兵隊に行った際、上官からの指示を理解することが出来るようになったのです。

これによって、この他にも、「識字率の向上」など日本の教育レベルが向上していきました。これは紛れもない事実です。この教育レベルと上からの指示を理解し、行動することができたお陰なのか(いや、朝鮮戦争や人口増加というボーナスによると思いますが)分かりませんが、高度経済成長を遂げました。

しかし、バブル崩壊の1989年以降、事態は一変します。

バブル崩壊以降で始まった「スケール主義」

バブル崩壊以降、日経平均株価は1/2〜1/3まで低減し、GDPは天井を迎え、低空飛行を続けています。そんな中、Webが台頭し、これまでとは比べ物にならないくらい「サービス」や「企業」の成長は早まりました。

その理由は、「人にリーチ(繋がる)することが簡単になった」からです。それまでは、足や電話で営業していたのが、WebによるCPA(コストに対する顧客獲得単価)が明らかになり、金銭的だけでなく、時間的な費用に対する効果もクリアになり、リーチするだけの労力を削減し、ターゲットにつながりやすくなった訳です。

そのため、「資金が必要であり」尚且つ「成長が期待できる」ところに、資金が分配されるようになりました。その結果、多くの会社が「短時間でスケール(規模拡大)」できるようになりました。この多くが、人の無駄や労力を省くものであり、以前よりも時間の余裕を産むようになった訳です。

にも関わらず、国全体のGDPがスケールしたかというとそういうわけではありませんでした。GDPは、「名目」と「実質」共に500兆円から550兆円程度の間を推移し、GDPをUSドルに換算した場合は、2011・2012年以降減少傾向にあります。

そして、今回の新型コロナウイルスの蔓延によって、より一層GDPの減少は大きくなるでしょう。

そこで考えたいのが、これまでは、貿易で必要な「英語」やサービスを作るために必要な「プログラミング」を学ぶことが正義とされていましたが、そろそろもう少し深掘りをしていく必要性がありそうです。

ポストコロナ社会で必要な人材と勉強とは?

これまで、英語やプログラミング教育の重要性が説かれてきましたが、もう一歩先を考えていく必要性がありそうです。というのも、英語やプログラミング教育が盛んになるということは、その技術を持った人材の社会への供給量が増える訳ですから、人口が減少する社会の需要が爆発的な増加を産むことが考えづらいことから、その人材の価値(要するに給与)は現在よりも低下する可能性が極めて高いです。

ただし、今の現段階では、学校や塾でのプログラミング教育は、「あってないようなもの」なのでしっかりとスキルを身につければ、付加価値は十分につくと思います。ちなみに、この「あってないようなもの」というのは、教える側がプログラミングを認知・理解していないため、プログラミング言語の汎用性まで指導することが出来ないっていう意味です。

(「オブジェクト指向」をしっかりと中高生の時に学ぶことができれば、正直大学なんか行かなくても十分ご飯は食べて行ける人材にはなると思いますよ。)

で、ちょっとお話が逸れてしまいましたが、ここからが本題です。これから必要になってくるのが、「数学」と「国語」と「デザイン」です。

◆ データ主義の社会が求める「数学」の必要性

数学は、プログラミング言語Pythonなどで「データ分析」する時に確実に必要になる概念です。特に、「確率」や「統計」、「行列」などの数II・B以降の数学は絶対に必要になってくるでしょう。それは、これらの数理的ロジックに基づいて、データ分析を行うからです。

今後、数学が使える人材は、重宝されます。ただ、本当はこれまでも数学が出来る人材は重宝され、高給でした。例えば、保険の「アクチュアリー」とかですね。

また、スポーツ業界にいる人材も当然必要になってきます。これは、監督やコーチなどのマネジメントする側は、「確率」を使いこなすことで、選手を適材適所に使い分けることが出来ますし、指導する時にも、「数学(三角関数とベクトル)」と「力学」は出来ておいた方がいいでしょう。

例えば、私が幼少期から高校生までやっていた「野球(特に、打撃)」は、基本的な高校数学と物理で自分なりのバッティング理論を展開することが出来たりします。

このように、数学はいろいろなところに汎用することが出来るので、非常に使える教科と言えます。

◆ 新たなサービス開発や運用に必要な「国語」の必要性

国語といっても「評論」や「論説」が必要です。(小説や物語は、「人の空気」を読む非認知能力は上がりますが、分析能力はどうかというと…。)

「評論」や「論説」は、一文が長くなればなるほど、「文の要素(主語・目的語・述語)」を捉えるのが難しくなります。要するに、「誰(何)」が、「誰(何)」を、「どうした」を把握するということです。その上で、文章の新情報(新しく登場する情報)となり得る「目的語」や「主語」や「目的語」に置き換わる代名詞がどういうことなのかを理解しようとすることが必要になり、文節単位での「分析力」が必要となります。

また、その文章が「何故そう言えるのか」を理解する問題も多く、マーケティングや商品・サービス開発に必要な「ユーザーインサイト」を掴もうとするスキルが上がります。

このように、「文節単位の分析力」と「何故を解くことでのユーザーインサイトの理解力」に寄与するのが、「国語」です。

もう少し言うと、小論文のスキルもあると尚良いかなと思います。小論文は、「質問や対象となる文章の課題の原因・理由を明らかにして、解決策を提示して、その後の未来を論じる」のがフレームワークとなります。このフレームは、仕事でも応用することができます。

仕事では、「今起きている問題や課題を引き起こしている原因が何かを追求し、その原因に対して解決策を講じる」のが当たり前ですよね。このフレームは、小論文で鍛えることが出来るので、小論文を書かせることは重要です。

◆ 価値創造に不可欠な「デザイン力(芸術力)」

デザインといっても、「どんな色で何を絵に描くと言う芸術的なスキル」から「どこに何を配置させるのか」や「カレーにどんな材料をどのタイミングで入れるのか」という調理スキルまで幅広い分野を指します。しかし、共通しているのが、「根拠と理論、ロジック」を用いて、行動に移していくことで、より良い結果を導き出すということです。

これは、ある意味、「計画(プランニング)」と言えます。これには、根拠となる「情報」を収集し、分析し、組み立てることが重要になってきます。その情報を分析するには、その分野の詳細な情報を理解するための理論も理解して置く必要があるので、得意な分野の専門性を伸ばしていくということも必要でしょう。

頭を働かせる「最低限の枠組み(フレームワーク)」は必要

頭を働かせるには、「フレームワーク」が最低限必要となります。その一つには、「これは何故こうなるのか?」を頭の中で考えることです。そのために、「これ」を深く理解する「国語力」と「何故こうなるのか」の根拠を数理的に理解し、そして、「その後、どうするのか」というデザイン力を生かす必要があると考えます。

このような人材に育てるには、多くの大人が変化しなければ難しいでしょう。なぜなら、これからの社会は、明治維新以来の社会変革が当たり前になる社会になるからです。

「数学」「国語」「デザイン」の3つを学ぶ機会を増やしていくようにしていった方がいいでしょう。

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